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新しいハードウェアのこと

 先日、ソニー、任天堂が相次いで新ハードウェアを発表しましたね。
「PlayStation Vita(ヴィータ)」「Wii U」・・・

 直接の論評はさておきまして、このようなゲーム関連の新ハード発表のニュースに触れる際、いつも考える事があります。それは、新ハードを発売する「意味合い」です。

 例えば、任天堂の場合、新ハードをユーザーが評価する判断材料として、そのハードで作りたい、表現したいモノは何ですか?という問い掛けは基本としても、世界中の多くのユーザーにはもっと単純明快で、ハッキリとした言葉があると思われます。つまり、

「そのマリオは、ゼルダは、新ハードでしか表現できないものですか?」

 このユーザーの問いに任天堂が自信を持ってYESと答える事が出来る時が、任天堂の新ハード誕生の瞬間なのでしょう。逆に言えば、NOならば任天堂が新ハードを発売する明確な理由は無いのではとも感じます。

 もちろん、マリオやゼルダで任天堂のクリエイティブの全てを表現出来る訳でもないでしょう、最近は他の意欲的な作品が新ハードと同時発売される事があり、マリオやゼルダは新ハードの普及期に合わせて投入される傾向も見受けられます。

 ただ、他のソフトメーカーやユーザーに、本体と同時発売で「新ハードの可能性・方向性」をお披露目する意味合いのマリオ、そしてハードウェアの扱いに「こなれてきた」普及期に登場するゼルダ。この2作品にはそれとは全く別の側面が存在します。

 つまり、マリオとゼルダをどのハードでどのように作り、どのタイミングで世に問うか、これは販売戦略みたいな小難しい話ではなく、他ならぬ任天堂の為、誰よりも任天堂自身が、クリエイティブの立場から見失ってはいけない立ち位置や方向性を指し示すもの、すなわち「任天堂のための道標(みちしるべ)」のような気もしているのです。

 任天堂がマリオやゼルダを世に問う事は、自らの立ち位置が「間違っていないか?」という事を確認する作業、そこで面白いマリオやゼルダが生まれたなら、それがいわゆる従来の「ゲーム」の枠に収まっていてもいなくても、そしてまた、その器であるハードウェアがどのような形態・形状となろうとも、必然なのだろうと思います。


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