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アタリショック

 皆さんは、過去のゲーム業界の歴史を紐解いた時に、必ずと言って
いい程語り草となる「アタリショック」という言葉をご存知でしょうか。
ご存知の方には私のつたない説明は心苦しいのですが、ご存知ない方へ

 アタリショックとは─
「メーカーによるゲームソフトの粗製濫造などによりユーザーがゲーム離れを起こし、
その結果、ゲーム市場が急速に冷え込んでしまう状況」

のような説明で納得して頂けるとありがたいです。

 さて、先日、コナミ株式会社ウェブサイト内に
小島秀夫監督のメッセージが掲載されていました。
http://www.konami.co.jp/job/jk/spe/kojima_pro.html


 このメッセージを読んで、ふとアタリショックという言葉が頭をよぎった訳です。

 ゲームの粗製濫造という点は、いつの時代にも問題視されてきました。

 「アタリショックの二の轍は踏むまい」との決意は、任天堂がファミコンを
立ち上げる際の原点であり、現在まで脈々と受け継がれている志ですが、
当のファミコン時代にも品質の劣るゲーム、いわゆる「クソゲー」と呼ばれる
ものは多々存在していました。しかしそれらに良質のゲームやファミコン自体が
駆逐される事はなく、次世代のスーパーファミコンへと着実に受け継がれて
いきました。

 また、PS(1)がブレイクし、任天堂に変わりNo.1ハードのシェアを取る過程でも、
ソフトの大量投入による質の低下、粗製濫造の問題が指摘されましたが、これに
当時のSCEは「名作は雑多なものの中から生まれる」と答え、当時の現状を容認して
いました。それでPS(1)が失敗に終わったのかといえば、そうではない事は皆さん
周知の事実です。

 「いいゲームが売れる時代を取り戻す」とはいつの時代の事を指すのでしょう。
過去を振り返って、それぞれの時代のゲームハードが、そこで途切れる事なく次の
世代へ引き継ぐ事が出来たのは、雑多な物の中から「いいゲーム」がしっかりと「評価」
され「選択」される、それを繰り返してきた結果であるように思います。

 名作と呼ばれるゲームは、過去、現在、時代を超えても「評価」はされてきたはず
です。ただ、評価の尺度として「売れた」かどうかを問うならば、小島氏は「今」を憂いて
いる訳ですが、任天堂を例に挙げると、その今の状況こそが久々に「いいゲームが
売れる時代」を取り戻した、とも言えるのではないでしょうか。

 正確には「いいゲーム”も”売れる時代」というべきでしょうか。

 もちろん、WiiやDSで発売されている少数であろう良質のゲームを除く、ブームに便乗
しただけの多数のゲーム、それらの質の問題や、初心者ユーザーがそれらのゲームを
手にとってしまう事によるリスクの面は懸念されるべきだと思いますが、過去を振り返っても
このようにまずはハード自体が活況を呈しないと、いいゲームは「評価」はされても
「売れる」素地は出来上がらないような気もするのです。

 例えば任天堂の不遇の時代(ニンテンドウ64、ゲームキューブ等、ハードが普及
しなかった時代)には、良質のゲームは存在しなかったのかといえば、決してそうではない
はずです。名作と「評価」されるのは数多く誕生しました。しかし、ハードを牽引
出来なかった事も事実です。

 いいゲームを世に問えば、必ず誰か評価するユーザーがいる。この関係は
今後も変わらず続いていくと思います。ただ、いいゲームが「売れる」時代は
古き良き昔にあったのではなくて、ゲームが他の娯楽と人々の余暇を奪い合う
中、ゲームが他の娯楽を楽しむ人々をも巻き込むような強烈な渦を生み出せば、
その中心に常にそれはあって、そこで雑多な物を押しのけ踏ん張って、待ち構えて
いられるかどうか、なのではないでしょうか。

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